このブログのアクセスログを見ていると、「事故(アクシデント)とヒヤリハット(インシデント)の違い」といったキーワードで検索されている方が時々いる。
両者のどこに境界線を引くかは、それぞれの法人、事業所が決めれば良いことだ。
しかし実際は、明確に定義している事業所の方が少ないのではないかと思うし、ましてや新人のうちは迷うこともあるだろう。その事業所が、事故とヒヤリハットの報告書の書式を分けていたりすればなおさらだ。
うちの施設では、事故とヒヤリハットの報告書式を同じとしている(「ヒヤリハット・事故報告書の書式を考える」参照)ので、時々判断がつかなかったのか、「事故」「ヒヤリハット」のどちらにも〇をせずに報告書が上がってくることがある。
個人的には、そこを区別することは大した問題ではなく、大事なのはいかに今後の事故を防いでいくかだと思っているので、そのまま受理しているが、書式が分かれてしまっていればそういうわけにもいかないだろう。
ヒヤリハットと事故の間の境界線はどこに引かれるべきなのだろうか。
| まずは「事故」の定義を
ヒヤリハットは普通、事故には至らなかったものの、事故を引き起こす可能性のある状況と説明される。私もそれに異存はない。
つまり、結局のところ重要なのは、事故という言葉の定義である。何をもって事故とするのかが分からなければ、何がヒヤリハットなのかも分からないことになる。
介護サービス事業所では、何をもって事故とみなすべきなのだろうか。
| 利用者の身体の物理的な損傷
一番単純なのは、利用者の身体が何らかの物理的な損傷を受けた出来事を事故、未然に防がれた出来事をヒヤリハットとすることだろう。
この定義に従うと、例えば転倒したけれども外出血も内出血もない場合はヒヤリハットということになる。これは誤った考え方とまでは言えないが、欠陥がある。
それは、発生直後には事故なのかヒヤリハットなのか区別がつけられないケースがあることだ。
頭を打っていれば、身体の表面には変化がなく、しかも頭部の画像診断で何の異常も認められなくとも、頭蓋骨内でじわじわと少量の出血が続き、数か月後に慢性硬膜下血腫を起こすことがある。また頭部以外でも、とりわけ認知症の方の場合、大して痛みを訴えなかったにもかかわらず骨折していたということが珍しくない。
つまり、発生直後には何ともなかったと思われても、そうではなかったということが起こり得るのだ。
こうした事情から、転倒は全て事故であるとみなすのが一般的だろう。私がこれまでに関わってきた法人も、全てそのように考えていた。
すると、事故の定義は先ほど述べたものよりも、もう少し広げねばならない。そこで提案するのは、「利用者の身体に大小を問わず物理的な損傷が生じたか、もしくは重大な損傷が生じた可能性のあるものが事故、そうでないものがヒヤリハット」というものである。
ここで、「物理的な損傷」とは怪我などに限らない。服薬介助のミスなども、利用者さんの身体に多かれ少なかれ影響を与えたと考えられるので、同じく事故とみなすべきだ。
また、「転倒」「転落」「誤薬」といった行為によって定義してしまうと、例えば普段の生活の中で、頭をどこかにぶつけた場合は事故ではないのかということになってしまうので、好ましくない。そうではなく、転倒した以上は慢性硬膜下血腫や骨折の可能性が即座には排除できないので事故である、そう考えるのだ。これが「重大な損傷が生じた可能性」である。
骨折は転倒に限らず、歩いていて足を捻った程度でも起こり得るので、可能性を判断するにはどうしても主観が入ってしまう。そのため判断基準は曖昧にならざるを得ないが、こうした「損傷の可能性」を考慮することはリスクマネジメント上不可欠であり、必要に応じて事故として対処すべきであると思う。
| 職員についても同じように考えるべきか
看護師がいわゆる針刺し事故を起こしたとする。ここでもう「事故」という言葉を使ってしまっているが、これを事故として扱うことに異論はないだろう。
では、職員が口腔ケアの最中に、利用者さんに噛まれて出血したら? また、清掃中にドアに自分の手を挟んで出血した場合は?
噛まれたことによる出血は多くの方が事故だと考えるだろうし、私もそれに異論はない。利用者の行動が原因となった職員の負傷は、事故とすべきである。
そして出血はしなかったが強く噛まれたのであれば、ヒヤリハットとして報告し、事故に至らないよう対策が錬られなければならない。
では清掃中の負傷はどうだろう。これも事故だろうか。
針刺し事故が重大視されるのは、言うまでもなく出血や痛みのためではない。HIVなど深刻な感染の原因となりうるからである。その点、ドアに手を挟むのとは危険度が違う。
そこで、職員の身体への損傷に関しては、①利用者の行動が原因となっている場合、②単純な創傷や打撲と違い、長期にわたって職員の身体に影響を及ぼす可能性がある場合、の2つのいずれかに該当すれば、事故とみなすべきと考える。
つまりドアに手を挟んだことの結果が、数日で完治するような怪我であれば事故とする必要はないが、骨が折れていれば事故、かつ労働災害である。
| 職員の過失をどう考えるか
職員の過失はどうだろう。事故とみなすべきだろうか。
例を挙げよう。利用者さんの服用する薬は全て職員が管理し、一包化された袋に名前と日付を書き込んでいる施設で、とある利用者さんに、別の利用者さんの薬を飲ませてしまったとする。それは就寝前の薬であり、2人の利用者さんには、たまたま全く同じ薬が同じ分量処方されていた。
これは事故だろうか? ヒヤリハットだろうか?
薬が同じである以上、この過失自体が利用者さんの身体に物理的な影響を与えた可能性はない。であれば、これは事故ではない。
事故とならなかったのは単なる偶然で、普通は非常に危険な事態を招きかねない過失だが、あくまで報告はヒヤリハットとして行い、再発防止に努めることとなる。
だが、もしもその時、当の利用者が別の人に処方された薬を飲んでしまったことに気づいたら話は別。
職員が全く同じ薬なので心配はないと伝えても、心配が拭い去れずに心因的な影響が身体に現れることは充分考えられる。こうなると事故である。
そしてその利用者に、施設や職員への不信感を芽生えさせたなら、それは広義のクレームとして処理されるべきである。
職員の過失の有無は、事故とヒヤリハットの区別とは別の問題としておかないと、リスクマネジメントが、始末書・反省文などといった労務管理にすり替わってしまいかねない。
| まとめ
事故(アクシデント)とヒヤリハット(インシデント)の定義
- 利用者の身体に大小を問わず物理的な損傷が生じたか、もしくは重大な損傷が生じた可能性のあるものが事故、ないものがヒヤリハット
- 職員の身体の損傷に関しては、基本的には事故ではないが、①利用者の行動が原因となっている場合、②長期にわたって職員の身体に影響を及ぼす可能性がある場合、は事故として扱う。それに至らなかったが至る可能性のあるものがヒヤリハット。
- 職員の過失の有無は、事故か否かを判断する材料とはしない。
参考エントリ:
ヒヤリハット・事故報告書の書式を考える
ヒヤリハット・事故報告書の書式をダウンロードできるようにしてみました
うん。無茶苦茶ですね。
このように介護関係者に判断を委ねると単語がバズワード化する。
>匿名様
コメントありがとうございます
次回からは、そんな誰にでも何に対しても言えるお言葉ではなく、もう少し具体的なご意見を頂けると嬉しいです!
興味深く読ませていただきました。ヒヤリハット報告書についての質問をさせていただきます。
私はデイサービスに従事していますが、帰りの送迎時、ビニール袋に入れた利用者様の汚染した衣類をデイに置き忘れてしまいました。
その衣類は、他のスタッフが車で私の乗る送迎車に追いつき、受け渡され、そこで利用者様に渡すことができました。(利用者様は重度認知症の方で、今回の事象を理解されておりません。)
帰ってからヒヤリハット報告書を書いたのですが、果たしてこのケースはヒヤリハットなのかと疑問に思うわけです。
ヒヤリハットの定義が、「事故に至らなかったものの事故を引き起こす可能性のあるものである」とし、さらには「利用者の身体に大小を問わず物理的な損傷が生じたか、もしくは重大な損傷が生じた可能性のあるものが事故、そうでないものがヒヤリハット」と定義するならば、今回の荷物の置き忘れは、事故に直結するものではない。あるいは極めて直結しないものであるからして、ヒヤリハット報告書としてあげることは適切でないと考えました。
例えば、その日の申し送りで今回のスタッフの過失を共有するとか、ヒヤリではない、別の報告書形式で形に残すことが適切ではないかと思うのですがいかがでしょうか?
>匿名様
ご訪問とコメント、どうもありがとうございます
確かにその場合はヒヤリハットとしないのが普通でしょうね。
何が事故で何がヒヤリハットなのかは、各々の事業所が決めてよいものと思いますので、事業所が「事故だけではなく、クレームにつながりかねない状況もヒヤリハットとする」と定義しているならば、今回のケースでヒヤリハット報告書を上げさせるのも理解できなくはないですが……
おっしゃる通り、再発を防ぐために情報共有は必要ですので、申し送りで伝達したり、連絡ノートの類に記すことで充分ではないかと、私も考えます。
ありがとうございます。
凄く胸のつかえが取れた気がします。
このブログが、非常に参考になりました❗
また質問させて下さい。
ベッドからの転落防止に、転落防止マットをベッド横に設置しました。
転落防止マットの上に落ちたらそれは事故ですか?
それは、事故です。
しかし、マットでは「転落」を防止出来ない訳ですから、事故防止ではなく、「ケガ防止」と改めなければならないでしょう。
利用者の様子や状態によって異なりますが、転落の防止は、ご家族関係者の同意が必要ですが、サイドレールを全体に設置するなどの拘束以外考えにくいのではないでしょうか。
現場でよくある勘違いですが、皆さん意外に頓着しませんね。